2010年10月16日土曜日

身体受容

 ここ最近、中枢神経障害の患者さんを診させてもらうことが増えています。

 症状は違えど、不安感ということでは共通しています。
 今までと違う身体感に戸惑い、自由がきかないことで不安は強くなる。
 受容するということは今の自分を受け入れることだ。
 自分の身体を受け入れた上で、どのように身体を取り戻していくのか。
 混乱の状態からそれを受け入れ、その状態を乗り越えていく準備ができる。
 障害受容ではなく、身体受容ということが必要なのかなとここ最近の治療で感じています。

 今日は非常に感動的というか、気持ちが動かされる治療時間でした。
 治療の最後に歩行の状態を確認しますが、その時に患者さんが、
「今日は歩いていて、すっきるする。気持ち良い感じがするね。前までは怖いばっかりだったのに。」
 とふと声が漏れました。
 本来、歩行というのはただの移動手段だけではなく、そのこと自体に情動が動かされる行為なのではないかと感じました。
 赤ちゃんが初めて歩いた時、もしかしたら快の情動が激しく働いているのかもしれません。
 頑張って歩くことよりも自然に気持ち良く歩くことを感じられることということは非常に大切なのかもしれません。
 大地を踏みしめるとか、スゥーッと踵からつま先に体重が抜けていく感じ、それが、腰まで伝わってくる感じ、そのような感覚が歩くという感覚なのかな。

 治療が終わった後に話していると目にうっすら涙を浮かべられていたのが印象的でした。

 急性期なので、理学療法が一手助けだと思われるが、このような経験をより多くの患者さんと共にできるように、頑張っていきたい。

2010年10月9日土曜日

心意気

 昨日のサッカー、日本代表の試合は歴史的な勝利でした。
 一つ何かを乗り越えたような強さでした。
 飛躍ですね。

 長友選手の動きが光って見えました。
 彼はワールドカップ後、イタリアのクラブチームに入り、活躍しています。
 彼は日本での最後の試合後に、「世界一のサイドバックになって帰ってきます」と宣言しました。
 有言実行しようとしています。
 環境が変わっても、活躍できるということは非常に素晴らしいことだと思います。
 クラブチームでの活躍、日本代表での働きを見るとその心意気が伝わってきます。

 私も世界一とは言えませんが、世界に知られるような研究をしたいなあと思います。
 とりあえず、日本で知られないといけませんが、心意気は高く持って、頑張ります。
 それに伴い、セラピストとしても成長できればと思います。

 研究の方は、やっと本実験が開始できそうです。
 必要な機器も揃いました。
 後は時間との戦いです。

 心意気は高く、人の意見には謙虚に耳を傾けていきたいです。

2010年9月23日木曜日

 休みが多く、リフレッシュできました。
 この休みにはスーパー銭湯へ行き、身体を休めました。
 湯船に浸かっているとリラックスできますね。
 それにスーパー銭湯は色んなお風呂があります。
 水風呂に電気風呂、露天風呂などなど、その中に水圧をかけるものがありました。
 なんか治療に使えそうな感じ。
 直感ですが、何となくそう思いました。
 身体に圧がかかることで、重心移動が起こる。
 色々な場所から圧がかけられるので、色々な方向に重心移動が促される。
 リズミックスタビリゼーションみたいな感じです。
 そこから色々妄想にふけりました。

 赤ちゃんは、生まれる前に羊水の中で育ちます。
 羊水の中である程度発達してから、生まれてきます。
 水の中というのは、身体を感じやすいと思います。
 なぜなら水の性質として、水圧があるからです。
 常に圧がかかっていて、それは羊水の中であれば、全身にかかっている。
 動くと圧のかかり方が変わる。
 常に運動に対して圧の変化が変わってくれる。
 四肢だけでなく、体幹に対しても同様です。
 しかも浮力があり、重力が軽減されます。

 よく言われるのは、浮力の効果、水圧の効果ですが、圧をコントロールすることもできる。
 さっきのお風呂みたいに、横から水を流したりして。
 けっこう転倒予防などに利用できるのでは。
 水の中ではこけても骨折しませんし。

 転倒予防と言えば、wiiみたいなバーチャルシュミレーションも有効な手段だと思います。
 最近報告が多いです。

 あまりまとまりがない話ですが、水治療ってけっこう使い方によっては良いのかなと感じました。
 どちらかというと健康増進や転倒予防などで非常に有効なのではないかな。
 水に入るのって、色々面倒です。
 例えば、水着に着替えないといけないし、後で身体拭かないといけない。
 入院患者さん達にはあまり向いていない。
 でも定期的にプールなどに通うことができる人であれば、比較的利用しやすい。
 スポーツジムみたいなところに水圧の調整できる機械があればいいのに。
 理学療法士や運動指導士がしっかりその人にあったプランを立てられれば、骨折する人は少なくなるかもしれません。

 転倒予防などに使用する方法以外にも色々日本人にとっては、リラックスできるものではないかなと思います。
 それに関しては、考えがまとまらないので、もう少し考えます。

 そんなことを考えながら銭湯でゆっくりしてました。
 明日から切り替えて、動き出します。 

2010年9月21日火曜日

生き方、学び方

明日死ぬと思って生きなさい

永遠に生きると思って学びなさい

マハトマ・ガンジー


 昨日、テレビで名言集をやってました。
 心に響きます。
 常に向上心を持って、学びたいと思う。

2010年9月19日日曜日

充電中

 とりあえず、一段落しました。
 この連休は久々にゆっくりしています。
 嵐の前の静けさ。
 中間発表後、久々にドーパミンが出た感じがします。
 自分は自己報酬系が一番強いのかもしれません。
 人にどれだけ称賛されても、自分が納得しないと、いまいち受け入れられません。
 今年はずっとネガティブだったような気がします。
 すっきりしました。
 ただ、これは経過です。
 さらに発展できるように今できることを今します。
 英論文をきっちり着実に読み上げていくことの重要性が再確認できました。
 過去にどのような研究が行われているか知ることは、前に進むための原動力になります。
 考察はどのような積み上げでその実験に至ったかを示す。
 その積み上げを自分の実験でさらに積み上げていければいいと思います。

 過去を知ることが未来へ繋がる。
 もっと過去を知らなければいけない。
 幅広い知識とそれを創造性につなげる臨床や研究が展開したい。

2010年9月13日月曜日

人生のギアをあげる

 毎日、毎日、1時間や2時間やらの睡眠が続いています。
 こんなに寝なくても生きていけるんだと肌で感じてます。
 なぜ、寝てないかというと中間発表が近づいているからです。
 ただ、私は今までこんなに勉強してこなかったのか疑問です。
 患者さんの治療を考えるのに、こんな時間を使わないのはなぜなのか。
 自分のことをするためには時間をかけてしまうのか?
 課題があるからなのか?
 患者さんのことを考えることももう少しできるのでは?
 おそらく、甘えているのだろう。
 ルーチンになっているのだろう。
 そう考えるとこれからの臨床をもう少し考えられそうな気がします。

 よく聞く話ですが、リハ職は、医師や看護師と対等に話せないという話を小耳に挟みました。
 小耳によるとその理由は、
 「基礎的な知識を知らないから対等に話せないのではということ。リスク管理もできない、薬も分からないでは、話にならないのでは。」
 確かにそれも一理あるけれど、私は理学療法士として作業療法士としての専門性に欠けるから、絶対にこの分野は私たちですということに欠けるからではないかなと思います。
 一般的になっている理学療法の考え方ではまだ未熟なような感じがします。
 私自身が未熟なのにそんなこと言っていいのか分かりませんが、理学療法は応用科学であるが故に、いっちょ噛みな部分が多いのではないか。
 学校で習う生理学は一部であるし、生理学分野や専門家では当たり前に分かっていることを知らないことだってたくさんあります。
 今、それを私は感じざるを得ない状況です。
 話を戻すと、医師や看護師と対等に話すためには、同じ知識を身につけることではなく、リハビリテーション特有の知識を育む、創り出すことが必要だと思います。
 最低限の知識は必要ですが、同じ知識を持つ人間が集まるより、違う知識を持った人間が集まった方が、多面的に患者さんをとらえることができます。
 それがチーム医療ではないでしょうか。

 でもリハビリテーションはまだできて浅い学問ではあります。
 ここで止まっては良くない。
 もっと進んでいかないといけません。
 なので、体調を崩さない程度に自分のペースを上げようと思います。

 偉そうなことを言っていますが、自分が一番アマちゃんのようです。
 もう少しギアを上げてないといけないことを実感する近頃です。

2010年9月3日金曜日

走りっぱなし

 今が踏ん張り時です。
 大学院もあっという間に1年と5カ月経ちました。
 やっと一つの研究が終わって一段落したいのですが、そうはできず、解析作業と中間発表の資料作成に追われています。
 正直この後の月で休む時間を見つけられません。
 ずっと研究に追われそうです。
 10月から次の実験、そして修士論文の作成。
 それが終わると最終の発表です。
 その間には、講習会などの参加が目白押しですし、去年出せなかった学会への投稿もしないといけません。
 それに忘れてはならないのが臨床です。
 臨床でもデータをとって、試行錯誤し、発表できればと思います。
 手術予定の整形の方がいて、その方はおそらく長い付き合いになりそうなので、臨床のデータをとらせてもらおうと考えています。
 あっという間に年末になりそうです。

 研究の解析処理や結果、考察を書くことは人生で2回目です。
 1回目は、専門学校の時の卒業論文を書いた時でした。
 全く自分で考えて書いてなかったように思います。
 解析は先生がやってくれて、考察ぐらいです。
 考察と言っても知識不足の状態なので浅かったでしょうし。
 今回は、そうは行きません。
 臨床にいながらも1年間研究者としてやってきたので、しっかりと相手に伝えないといけません。
 やりっぱなしではなく、それを処理する能力とそれを伝える能力がないと意味がありません。
 でも、なかなか思うようにいきませんし、これで伝わるかもよく分かりません。
 不安がどんどん募る毎日です。

 そう言っても自分のできることを精一杯やるしかないですね。