明日の晴れが怖い。今日は雨だったから良かった。雨もっと降ってくれと願ってます。最近に花粉症を発症し、鼻水、目の痒さに泣かされています。花粉症は辛い。マスクをしていても昼頃になるとけだるくなって、鼻水が止まらなくなる。もっと調子が悪い時は、目まで痒くなる。集中力が削られる。集中しだすと気にならなくなりますが。
学生さんは今日で2週目終了しました。よく頑張ってます。頑張りすぎて寝てない。寝ないと頭まわりませんよ。寝てはいけない時ってあると思います。おおげさだけど死ぬ気でやらないといけない事。でもそれは毎日ではやっていけない。本当に倒れてしまう。そうしないためには忙しさをコントロールする必要がある。そのために計画を立てて、こつこつやっていく。計画を立てるって事は、未来を予測する事。未来を見て、少しずつ積み立てていく事が大切。それでも駄目なら死ぬ気でやればいい。だからそうなるのは最後の手段。未来を予測するためには経験がそれを導いてくれる。過去の経験から人は学習する事ができる。それが違う経験でも。
今の学生さんにはそういう能力をつけて欲しいと思う。真面目な事はとても良い事だが、効率良く、より多くの事を学ぶためにはそういった部分が重要だ。未来を見る事は、臨床でもきっと役に立つはず。
えらそうな事を言っているが、自分も全然できていない。近くの目標から、遠い目標へ未来を見る人間になりたい。
同じ時間を過ごすのであれば、よりいろんな事を吸収したい。そしてそれを自分以外の人たちに還元したい。
2009年2月28日土曜日
2009年2月22日日曜日
学生さん
今週の初めから学生さんを担当する事になりました。私にとって担当するのは3人目の学生さんです。初日は凄く緊張してた様子で、こっちも一緒に緊張してしまっていました。この1週間でだんだん慣れてきて、表情が変化していくのを感じました。話せるような環境作りができたかなと思います。
学生さんを担当する時はびくびくせずに話してもいいんだなって思える環境をこっちが整える必要があるなあと思います。1人の学生さんはそれで失敗して苦い思い出があります。非常に申し訳ないなあと後悔したので、反省を生かせればいいな。
学生さんと患者さんを診ていると、いかに自分は臨床に手を抜いている点があるなあと感じます。もっと細かく観察し、治療を計画していかないと。この1週間考え通して、少し疲れ気味。セラピストにとっても学生さんの新鮮な目は刺激になる。気が引き締まる思いです。というか引き締めていかないと患者さんに申し訳ない。
他者から治療を客観的に見られることは非常に大切。
学生さんを担当する時はびくびくせずに話してもいいんだなって思える環境をこっちが整える必要があるなあと思います。1人の学生さんはそれで失敗して苦い思い出があります。非常に申し訳ないなあと後悔したので、反省を生かせればいいな。
学生さんと患者さんを診ていると、いかに自分は臨床に手を抜いている点があるなあと感じます。もっと細かく観察し、治療を計画していかないと。この1週間考え通して、少し疲れ気味。セラピストにとっても学生さんの新鮮な目は刺激になる。気が引き締まる思いです。というか引き締めていかないと患者さんに申し訳ない。
他者から治療を客観的に見られることは非常に大切。
2009年1月22日木曜日
仮説-検証作業
今日は勉強会で、今帰宅しました。色んな勉強会に参加させてもらっているが、自分の考えがまとまっていないのが、強調される。あっちの勉強会ではこんな事で、こっちの勉強会はあんな事で、自分はどんな考えかいまいち分からない。ふらふらしている気がする。反論するぐらいの知識を持ち合わせていないのと思考できていない。だからあっちもこっちも分かる気がしてしまう。本当に分かった気だけだ。自分のものになっていない。勉強会に行くとそこが強調される。芯を持たないと。
今日の勉強会は症例検討だった。非常に難しい症例で、思考が止まってしまった。パソコンで言うフリーズです。やはり主催の病院の先生は思考が循環する。どのように思考していくのか。ゴールを持って、そこに進んでいくような話し方だ。同じ文章を見てもあれだけ違う。勉強が必要と感じる。足りなさ過ぎる。自分は何も分かってないのではと感じる。
今回勉強会で気付いた事、大切な事を書いておこうと思う。
①認知過程は細かく、小さなことでも捉える事が大切。ポジティブ、ネガティブ。
②自分がどのような言語介助をしたのか。
③上記と同じ事だが、なぜ問題が理解できるようになったのか。なぜエラーが生じるのかを認知過程の中で考えていく。
④そのために問題を立てる。仮説を検証する。
⑤どのようなパフォーマンスを変えていくかを考える。そのための認知過程を考える。
もっと患者さんを細かく見ていく必要がある。外部と内部の整合性はもちろん、その後にどのように治療していくかが重要だ。それと目標。ちゃんとできていない。患者さんの負担が大きい治療をしてしまっていると感じる。
仮説-検証作業を地道にやっていく事が重要。それと患者さんをよく診る事。口で言うのは簡単だけど、それしかない。自分を甘えさせない事。サボろうと思えばいつでもサボれる。そこに患者さんがいる事、生身の人を相手にしている事をいつも心に刻む必要がある。自分にも人生があるけど、その人にも人生がある。
「自分から見て、一人の患者さんは多くの患者さんの中の一人だが、患者さんから見て、自分は唯一のセラピストである。」
自分があきらめたら、誰がその人を治療していくんだろうか。
科学として、仮説-検証作業を通して、患者さんとよりよい人生を歩めるようになりたい。
今日の勉強会は症例検討だった。非常に難しい症例で、思考が止まってしまった。パソコンで言うフリーズです。やはり主催の病院の先生は思考が循環する。どのように思考していくのか。ゴールを持って、そこに進んでいくような話し方だ。同じ文章を見てもあれだけ違う。勉強が必要と感じる。足りなさ過ぎる。自分は何も分かってないのではと感じる。
今回勉強会で気付いた事、大切な事を書いておこうと思う。
①認知過程は細かく、小さなことでも捉える事が大切。ポジティブ、ネガティブ。
②自分がどのような言語介助をしたのか。
③上記と同じ事だが、なぜ問題が理解できるようになったのか。なぜエラーが生じるのかを認知過程の中で考えていく。
④そのために問題を立てる。仮説を検証する。
⑤どのようなパフォーマンスを変えていくかを考える。そのための認知過程を考える。
もっと患者さんを細かく見ていく必要がある。外部と内部の整合性はもちろん、その後にどのように治療していくかが重要だ。それと目標。ちゃんとできていない。患者さんの負担が大きい治療をしてしまっていると感じる。
仮説-検証作業を地道にやっていく事が重要。それと患者さんをよく診る事。口で言うのは簡単だけど、それしかない。自分を甘えさせない事。サボろうと思えばいつでもサボれる。そこに患者さんがいる事、生身の人を相手にしている事をいつも心に刻む必要がある。自分にも人生があるけど、その人にも人生がある。
「自分から見て、一人の患者さんは多くの患者さんの中の一人だが、患者さんから見て、自分は唯一のセラピストである。」
自分があきらめたら、誰がその人を治療していくんだろうか。
科学として、仮説-検証作業を通して、患者さんとよりよい人生を歩めるようになりたい。
2009年1月17日土曜日
思考の整理
最近は、病院での勉強会の資料作成で、てんやわんやしている。今まで自分が学んできた事の集約になるのかな。まとめるのに時間がかかる。経験してきた事が、繋がっていないからこんなに時間がかかるんだろう。資料を作成している間に自分の思考が整理され、気付きが生まれる。経験と経験の結び付きが、創発させる。関係性が大切。
最近は、集中力がもたない。注意の持続がしんどい。思考にかなり時間がかかるからだろうか。昔の同僚に情動に流されすぎていると言われている事を思い出す。1つの事に気持のまま突っ走ってしまうから、記憶できるけど、判断したりとか他と比べる事ができない思考になっている。今回の資料作りでまともにそれが出ている。整理されていない。記憶がバラバラになっている。点と点になっている。線になっていない。患者さんもそうなのかな。色々な経験をしても点でばらばらとなっている。経験と経験を結び付けないと整理できない。新しい行為の方法は生まれないのかもしれない。
思考の偏りがある。でも偏りがあるから人それぞれ、心が違うのかもしれない。整理できないといけないけど、しようとすると今の自分から変わる怖さもある。自分がシステムとして変化する時に怖さを感じる。予測できないからかもしれない。
自分の変化を予測していく。未来を見ていく必要があるなあと感じる。
最近は、集中力がもたない。注意の持続がしんどい。思考にかなり時間がかかるからだろうか。昔の同僚に情動に流されすぎていると言われている事を思い出す。1つの事に気持のまま突っ走ってしまうから、記憶できるけど、判断したりとか他と比べる事ができない思考になっている。今回の資料作りでまともにそれが出ている。整理されていない。記憶がバラバラになっている。点と点になっている。線になっていない。患者さんもそうなのかな。色々な経験をしても点でばらばらとなっている。経験と経験を結び付けないと整理できない。新しい行為の方法は生まれないのかもしれない。
思考の偏りがある。でも偏りがあるから人それぞれ、心が違うのかもしれない。整理できないといけないけど、しようとすると今の自分から変わる怖さもある。自分がシステムとして変化する時に怖さを感じる。予測できないからかもしれない。
自分の変化を予測していく。未来を見ていく必要があるなあと感じる。
2009年1月11日日曜日
年明け
年明け初めての投稿です。今年は凄く忙しくなりそうな予感。予感と言うより確信。今年はチャレンジの年になる。4月からは大学院へ進む。今から資料集めをしなければいけないが、全然進まず。非常にやばいです。焦らないように準備をしとかないと、予測しとかないと大混乱が待っている。
今日、初詣に行ったが、学業は「目下苦しいがこれを乗り越えれば吉」との事。非常に今の心境に合致している。偶然は恐ろしい。さぁ、冬休みボケも解消して取り掛かろうと思う。今年は飛躍したい。一皮向けた自分に逢いたい。今見えてる世界からもう一歩踏み込んだ世界へ。先は見えないけど、着実に見える物を踏みしめて、目指す高みへ。
頑張れるか不安です。
今日、初詣に行ったが、学業は「目下苦しいがこれを乗り越えれば吉」との事。非常に今の心境に合致している。偶然は恐ろしい。さぁ、冬休みボケも解消して取り掛かろうと思う。今年は飛躍したい。一皮向けた自分に逢いたい。今見えてる世界からもう一歩踏み込んだ世界へ。先は見えないけど、着実に見える物を踏みしめて、目指す高みへ。
頑張れるか不安です。
2008年12月20日土曜日
頭をアクティブにする
木曜日は勉強会だった。発達の話で非常に面白かった。人を治療していく上では、発達という分野は絶対に必要になると思う。人が環境と相互作用してきた、学習してきた過程がそこにあるから。成人とは違いがあるが、ヒントになると思う。何もない状態から創り出す事と一度創られた状態からもう一度創り直す事は違う。それを考えていかないといけない。
勉強会では、熱いディスカッションが目の前で繰り広げられた。自分はなかなか参加できなく、聞いているだけだった。ここ最近、セラピーについて人に話す事が少なくなっていたからか、頭の回転が悪い。人に話しながら自分の頭を整理していく事が多く、その作業をする機会が極端に減っていたように感じる。もっとアクティブに動かないと。人と人が繋がる事で新しい事が創発される。ただし、ぶつからないと生まれない。相手の意見を受け入れて、自分の考えと合わせる。それが患者さんのために役に立つはず。これからは勉強会に出たら、必ず意見を交換するように心掛けよう。
今日も勉強会で京都へ。本日は意見交換でき、脳がアクティブに。アクティブになる事は非常にプラスの情動が働く。楽しくなる。もっと色々な人と関係を持たないと。一期一会だ。
今回の勉強会で気付いた事は仮説、検証作業が非常に重要だという事を再認識した。評価さえも仮説、検証をしていかないといけない。「科学は仮説を立て、それの検証を行っていく事」と言われている先生がおられる。その通りだ。仮説、検証作業を繰り返し、新しいことが生まれる。どのような仮説を立てるかを他のセラピストと考えていきたい。そしてそれを検証できるように進んでいきたいと思う。
今日は熱くなれた。アクティブになる事は、学習を促進させる。
勉強会では、熱いディスカッションが目の前で繰り広げられた。自分はなかなか参加できなく、聞いているだけだった。ここ最近、セラピーについて人に話す事が少なくなっていたからか、頭の回転が悪い。人に話しながら自分の頭を整理していく事が多く、その作業をする機会が極端に減っていたように感じる。もっとアクティブに動かないと。人と人が繋がる事で新しい事が創発される。ただし、ぶつからないと生まれない。相手の意見を受け入れて、自分の考えと合わせる。それが患者さんのために役に立つはず。これからは勉強会に出たら、必ず意見を交換するように心掛けよう。
今日も勉強会で京都へ。本日は意見交換でき、脳がアクティブに。アクティブになる事は非常にプラスの情動が働く。楽しくなる。もっと色々な人と関係を持たないと。一期一会だ。
今回の勉強会で気付いた事は仮説、検証作業が非常に重要だという事を再認識した。評価さえも仮説、検証をしていかないといけない。「科学は仮説を立て、それの検証を行っていく事」と言われている先生がおられる。その通りだ。仮説、検証作業を繰り返し、新しいことが生まれる。どのような仮説を立てるかを他のセラピストと考えていきたい。そしてそれを検証できるように進んでいきたいと思う。
今日は熱くなれた。アクティブになる事は、学習を促進させる。
2008年12月8日月曜日
道を開かないと
昨日も学会でした。メインはシンポジウム。興味深い内容で、ずっと聞いていたかった。凄く白熱して各先生方のセラピストとしての熱さが伝わってきた。
自分で進んでいく必要がある。一生をかけて治療していかないといけない。人生を治療にかける。大変な事だが、それをしないと回復できない。私は一生をかけられるだろうか。かけないといけないだろう。プレッシャーだ。そして私達の世代が片麻痺の回復に近づけるとある先生が言っておられた。心をつかまれ、揺すぶられる。「良くなる」という言葉が出てきていたが、何を指標にするかが重要だと思う。ADLで良いのか、それとも機能の回復で良いのか、患者さんの満足で良いのか。人によって考え方は違うが、私は機能を回復することが指標になるべきだと思う。治療するのだからそうなのでは?もちろんADLも見ていかないといけない。ただ、機能が回復すれば、ADLはできるはずであるし、患者さんは満足するだろう。だから一番に考える必要があるのは機能ではないかな。
私達はサラリーマンになってはいけないと思う。給料が確保しているから安心して治療が出来るが、自分の治療が良くなければ、自分は生きていけないほど追い詰められる必要があるのではないか。何か甘えているのではないか。それぐらい死に物狂いでやらないといけないのか。
何か自己嫌悪である。できるのかできないのか。はっきりしない自分がいる。
自分で進んでいく必要がある。一生をかけて治療していかないといけない。人生を治療にかける。大変な事だが、それをしないと回復できない。私は一生をかけられるだろうか。かけないといけないだろう。プレッシャーだ。そして私達の世代が片麻痺の回復に近づけるとある先生が言っておられた。心をつかまれ、揺すぶられる。「良くなる」という言葉が出てきていたが、何を指標にするかが重要だと思う。ADLで良いのか、それとも機能の回復で良いのか、患者さんの満足で良いのか。人によって考え方は違うが、私は機能を回復することが指標になるべきだと思う。治療するのだからそうなのでは?もちろんADLも見ていかないといけない。ただ、機能が回復すれば、ADLはできるはずであるし、患者さんは満足するだろう。だから一番に考える必要があるのは機能ではないかな。
私達はサラリーマンになってはいけないと思う。給料が確保しているから安心して治療が出来るが、自分の治療が良くなければ、自分は生きていけないほど追い詰められる必要があるのではないか。何か甘えているのではないか。それぐらい死に物狂いでやらないといけないのか。
何か自己嫌悪である。できるのかできないのか。はっきりしない自分がいる。
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